説 教 イザヤ書66章1〜2節 使徒行伝7章51〜60節「父なる神の右に座し」
２０１７・０７・０２（説教１７２７１７０３） 1974年のことです。グアム島のジャングルに潜んで終戦の事実を知らず、戦争はまだ続 いていると思いこんでいた、旧日本陸軍の軍人が発見されたニュースが世界中を駆け巡っ たことがありました。報道陣の前でこの元軍人が直立不動の姿勢で敬礼し、かつての日本 陸軍の規律そのままの態度に、私たちも驚きの念を抱いたものでした。 そこで、私たちも良く知るカール・バルトという神学者も、このニュースをスイスのバ ーゼルの自宅で新聞で読んで、非常に心を動かされたらしいのです。バルトはこういうこ とを書いています。「この日本の元兵士の姿は、私たちにとって他人事ではありえない。む しろ私たちこそ、既に戦いが終わっていること、既にキリストが勝利をおさめておられる ことに、今もなお、本当は気がついていないのではないだろうか。今日においてこそ私た ちは『キリストは罪と死に永遠かつ完全に勝利された救い主である』という聖書の告知を、 私たちの世界と歴史全体への、救いと解放の音信として聴き取ることを求められている。 キリストは十字架において贖いの御業を完全に成し遂げ、復活して天に昇られ、そこで『全 能の父なる神の右に座して』おられるのである。栄光の王、勝利の主が、世の終わりまで も、私たちと共におられるのである」。 私たちは毎週礼拝のたびごとに「使徒信条」を歌いつつ告白しています。今日も先ほど ご一緒に「主は…死にて葬られ、三日目に死人のうちよりよみがえり、天に昇り、全能の 父なる神の右に座したまへり」と告白しました。そこでこそ、改めて問い直さねばなりま せん。私たちもまた、バルトが語るように「既にキリストが勝利をおさめておられること」 に「気がついていない」者になってはいないだろうか。「使徒信条」が空念仏のようになっ てはいないだろうか。キリストの勝利の福音を、なお正しく聴き取っていない者として、 旧態然とした一人戦(いくさ)を続けていることはないだろうか。 使徒信条の原文はギリシヤ語ですが、その中では過去形、現在形、未来形という、3つ の時制(文法上の時)が明確に区別されています。つまり歴史の全体を救い、統治したもう キリストの御業を現しています。そこに少しの曖昧さもありません。そこで、これは意外 なことかもしれませんが、使徒信条の中に現在形で記されている箇所はただ一つだけです。 それが「主は…全能の父なる神の右に座したまへり」という告白なのです。言い換えるな らば、キリストはいまどこにおられ、そして何をしておいでになるか。この単純な問いに 対して、使徒信条は「全能の父なる神の右に座したまへり」という言葉で、確かな福音の 答えを示しているのです。 そこで、この「右」という言葉は、旧約聖書の原文(ヘブライ語)では「南」という字で す。昔エルサレムの神殿は東に向かって建てられていました。つまり神の聖なる御臨在を あらわす聖所は東に向かって建てられていた。ということは、その至聖所の「右」は「南」 になるわけです。そこからヘブライ語の「南」という言葉が「右」を意味するようになり ました。野球の左投げ投手を「サウスポー」と言うのも同じ理屈です。昔アメリカで野球 の試合がおもに午前中に行なわれていた頃、ピッチャーが朝日で眩しくないように、キャ ッチャーは東に向かってミットを構えていた。するとキャッチャーから見て左投げのピッ チャーのポウ(つまり掌)は右側つまり南になるわけです。それで左投げ投手のことを「南 の掌」(サウスポー)と呼ぶようになったのです。 大切なことは、イスラエルの神殿の南側(右側)には必ず王宮が置かれていたことです。 王宮とは、王が政治(まつりごと)を行なう場所です。神殿から(主なる神から)見て右側(南 側)に必ず神の僕なる王が控えていた。なぜなら、王は神の「右」に座して(神の聖なる御 心に従って)正しく世を治める者だからです。つまり「父なる神の右に座したまへり」とは、 単なる場所のことではなく、主イエス・キリストが、私たちの唯一のまことの永遠の「王」 として、十字架の贖いの恵みによって全世界を統べ治めたもう、変わらぬ救いの御業の確 かさと祝福をあらわしているわけです。これが「右に座し」という言葉の意味です。 今朝ご一緒にお読みした使徒行伝7章54節以下には、エルサレム教会の執事ステパノ 殉教の様子が描かれています。私たちはここに「神の右に座したもう」キリストの御姿を 見据えつつ生き、迫害者たちの罪を赦し、祝福して死んでいった、一人の主の証し人の姿 を見ます。ステパノはエルサレム教会が最初に任命した7名の執事の一人であり「御霊と 知恵」「恵みと力とに満ちた人」でした。このステパノが律法学者たちに捕らえられ、最高 法院の裁判にかけられました。その裁判の席でも、ステパノは少しも恐れず、人々に説教 を語りました。7章1節から53節に記されたその説教の内容は次の3つです。�ゝ賁鸚� 書において、既に神はイエス・キリストによる真の救いを告げて下さった。�△靴�しイス ラエルの民は、御言葉を信することをせず、神に立ち帰らなかった。��今まさに時が満ち て、主イエス・キリストが世に来られ、十字架におかかり下さった。ここに唯一まことの 救いがある。いま全ての人が主イエスを信じて、神に立ち帰らなければならない。 この説教の結果、今朝の54節以下のように、ステパノは石打の刑に処せられ、初代教 会最初の殉教者となったのです。54節「人々はこれを聞いて、心の底から激しく怒り、ス テパノに向かって、歯ぎしりをした。しかし、彼は聖霊に満たされて、天を見つめている と、神の栄光が現れ、イエスが神の右に立っておられるのが見えた。そこで、彼は『ああ、 天が開けて、人の子が神の右に立っておいでになるのが見える』と言った。人々は大声で 叫びながら、耳をおおい、ステパノを目がけて、いっせいに殺到し、彼を市外に引き出し て、石で打った。これに立ち合った人たちは、自分の上着を脱いで、サウロという若者の 足もとに置いた。こうして、彼らがステパノに石を投げつづけている間、ステパノは祈り つづけて言った、『主イエスよ、わたしの霊をお受け下さい』。そして、ひざまずいて、大 声で叫んだ、『主よ、どうぞ、この罪を彼らに負わせないで下さい』。こう言って、彼は眠 りについた。 ここで、私たちは改めて気がつくのです。ステパノは祈りの中で繰返し「人の子(キリス ト)が神の右に立っておられる」と語っています。私たちは使徒信条の中で「主は…父なる 神の右に座したまへり」と告白します。それは、主は父なる神の右に座して、ただ栄光を 受けておられるというだけの意味ではない。そうではなく、キリストは私たちの全ての罪 を担って十字架におかかりになり、罪と死に永遠に勝利して下さった唯一の救い主として、 父なる神の右に「お立ちになっておられる」のです。まさに神の御心を全世界に現し、救 いの御業をいまなしておられる主として。この主イエス・キリストこそ、私たちを極みま でも愛し、かき抱くように私たちの全存在を贖い、ご自身の永遠の勝利の恵みの中に、神 の御国の揺るがぬ主権の中に、私たちをそのまま迎え入れて下さるかたなのです。 その勝利の恵みの内に、まさに主は「立って」私たち一人びとりを迎えて下さる。私た ちのために、罪と死に対して永遠に勝利されたまことの「王」として、父なる神と共に永 遠に恵みによって世を統治される主。それこそステパノがはっきりと見たキリストのお姿 でした。たとえこの世界がどんなに暗い力に支配されているように見えるときにも、ただ キリストの勝利のご支配だけが永遠に変わらぬ唯一の実在であり救いなのです。既に私た ち一人びとりが、その主の御手の内に堅く支えられているのです。 今日の御言葉の中にパリサイ人「サウロ」なる青年、すなわち後の使徒パウロが出てき ます。サウロはステパノが石打ちの刑に処せられている間、律法学者たちの上着の番をし ていました。なるほどサウロは「律法の義においては落度のない者」であり、百万人に一 人の選ばれし人でした。しかしサウロは気づいたのです。自分は、激高した律法学者たち の上着の番をしているだけではないか。それに対してステパノはどうであったかと言いま すと、ステパノは天を見上げて揺るぐことなく、自分を殺害する人々の救いのために、神 の赦しと祝福を祈って、雄々しく殉教の死をとげていった。その死のさまは青年サウロの 目に「終わり」ではなく「始まり」と見えました。今朝の御言葉の終わりの60節を見ま すと、ステパノは「眠りについた」と記されています。これこそサウロが見たステパノの 死の真相でした。 ステパノは死んだのではない。神に仕えるわざは終わったのではない。「彼は死せども信 仰によりて今もなお語る」のです。ステパノはキリストに仕える僕として、生きるにも死 ぬにも変わることなくキリストのものである。キリストの復活の生命が彼を覆い尽くして いる。その死は終わりではなく始まりである。その御業は必ず完成する。サウロははっき りそのことを悟ったのでした。のちにダマスコへの途上において、サウロは復活の主イエ スに出会い、主の弟子アナニヤによって洗礼を受け、キリストの使徒パウロとして生まれ 変わりますが、その回心のきっかけとなった出来事こそ、このステパノの殉教の死の出来 事であったと言えるのです。 いま既にキリストは「父なる神の右に座し」たまえる永遠の主、真の王、全ての人の救 い主として、私たち全ての者のために、永遠の恵みの勝利の御手をもって、この世界を統 べ治めておられるのです。言い換えるなら、私たちの救いの保証は、キリストが、父なる 神の右に確保して下さっているのです。キリストは、昔も、今も、永遠までも変わりたま わぬ「真の王」であられる。教会は、その天におけるキリストの御支配が地にも成就して いることを宣べ伝えつつ、キリストに仕える神の家です。だから教会を現わす英語のチャ ーチは、ギリシヤ語の「主の家」から来ています。そこに新しい時代が始まります。神の 救いの御業が、今ここにおいてあなたのために行われている、そして全ての人々が「神の 家」に招かれているのです。主が再びおいでになるその日、全世界に救いの御業が完成す るその日を、いま私たちは約束されているのです。いかなる世の力も、暗きの支配も、総 大将なるキリストの勝利の事実を覆すことはできないのです。 「だから、私たちは落胆しない」とパウロは語りました。第二コリント4章16節です。 「たとえわたしたちの外なる人は滅びても、内なる人は日ごとに新しくされてゆく」と。 その「内なる人」とは何か？。それはキリストの復活の勝利の御身体なる教会に結ばれた 私たちのことです。私たちが主の勝利の御手に堅く結ばれて生きるとき、たとえ「外なる 人」つまり肉体は衰え滅びるとも「内なる人」キリストの恵みのご支配は、いよいよ力強 く私たちを支え生かしてやまないのです。主の勝利の御手に結ばれて生きるとき、私たち の人生そのものが大きく変えられてゆくのです。あるがままに、キリストの愛と祝福をあ らわす器へと、私たち自身がならせて戴けるのです。 私たちの人生を、嵐のような試練や困難が、突如として襲うことがあります。不安や恐 れに心が支配され、思いが千々に乱れることがあります。心ない仕打ちを人から受けるこ ともあります。しかし、どうぞ覚えましょう。主は「父なる神の右に座し」罪と死の支配 に永遠に勝利して下さったのです。この勝利の王・主イエスが、いつも私たちと共にいて 下さるのです。それゆえ私たちは「世の戦いは激しくとも、御旗のもとにおらせたまえ」 と歌い続けます。生きるにも死ぬにも変わることなく、主の溢れる祝福の生命を戴いてい る者として、新しい一週間の歩みを始めて参りたいと思います。祈りましょう。