説 教 イザヤ書7章14節 ルカ福音書2章1〜7節「馬小屋のキリスト」 クリスマス礼拝
２０１０・１２・１９（説教１０５１１３５５） 「人類史上最大の悲劇」と言われるアウシュヴィッツ強制収容所の生存者であったオース トリアの精神病理学者・ヴィクトール・フランクルの回想録にこのような話が出てきます。 フランクルがアウシュヴィッツに収容されて間もない頃、ある女性の囚人が臨月を迎えて赤 ちゃんを産んだという報せが伝わってきた。その報せを聴いた一人のユダヤ教のラビが跪い て感謝の祈りを献げたというのです。「おお神よ、汝の御名はほむべきかな。汝は我らと世界 の救いのため、尊き独子を与えたもうなり。もし神の御子でないなら、どうして絶望の中に 生まれるでしょうか！」。 クリスマスは“光の祝祭”と言われます。しかしその光は深い夜の闇の中に輝きました。 底知れぬ人間の罪の闇がクリスマスの出来事を幾重にも囲んでいます。今朝の御言葉・ルカ 福音書2章もそうです。まずここには、時の最高権力者であったローマ皇帝アウグストから 「全世界の人口調査をせよとの勅令が」出されたと記されています。これは絶対的な命令で あり、全てのユダヤ人が服従せねばなりませんでした。 ローマ帝国はアウグストまでは民主主義の原型とも言うべき共和制の国でしたが、アウグ ストの即位以降は皇帝制に変わりました。しかもアウグスト（聖なる者）と皇帝みずから名 乗り、自分を神として礼拝せよとユダヤ人にも強制したのです。人口調査はその皇帝支配を 徹底するための徴税政策の一環でした。今朝の3節によれば「人々はみな登録をするために、 それぞれ自分の町へ帰って行った」と記されています。どんなに遠くても全てのユダヤ人が、 家を空け仕事を離れ、戸籍のある故郷の町に帰って登録するよう求められたのです。病人も お年寄りも、身重の婦人も幼い子供たちも、アウグストの命令に逆らうことはできませんで した。 そうした中でひと組の夫婦が、あたかも嵐に翻弄される木の葉のようにベツレヘムへと危 険な旅をしました。ヨセフと身重であった婚約者の妻マリアの2人でした。4節にはこうあり ます「ヨセフもダビデの家系であり、またその血統であったので、ガリラヤの町ナザレを出 て、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。それは、すでに身重になってい たいいなづけの妻マリアと共に、登録をするためであった」。 マリアは聖霊によって、まだヨセフと婚約中に神の御子イエス・キリストを身ごもりまし た。「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身になりますように」とお応えしたの です。ヨセフはマリアと共にこの神の救いの約束を御言葉によって信じ、天使ガブリエルの 導きのもとマリアを守りました。そしていまヨセフとマリアはただ御言葉のみを信じて、ベ ツレヘムまでの遥かな道程を生命がけで旅するのです。身重のマリアにとって当時の旅がど んなに過酷なものであったか私たちの想像を遥かに超えています。しかも彼らがようやくベ ツレヘムに着いた時には、すでに町中の宿屋は満員でした。彼らが泊まれる部屋はどこにも なかったのです。人間として考えられる最低最悪の事態が容赦なくこの2人の上に襲いかか るのです。 それで、臨月を迎えていたマリアは、なんと馬小屋で主イエスを出産することになりまし た。私たちはクリスマス・カードの絵で、この馬小屋の場面が貧しいながらも心温まる美し さに満ちていることを知っています。しかし現実のベツレヘムの馬小屋はどうだったでしょ うか？。デューラーという16世紀ドイツの画家は凄まじいばかりに荒れ果てた馬小屋の様子 を描きました。屋根は落ち壁もほとんど崩れたその馬小屋は「小屋」と呼ぶことさえ躊躇わ れるような見すぼらしさです。そこに我らの主イエス・キリストは飼葉桶を揺籠としてお生 まれになったのです。 外にはただ暗い闇だけがありました。それは私たちの「罪」の姿です。救いを待ち望んで いた世界の現実です。この深い闇のただ中に「全ての人を照らすまことの光」（ヨハネ3:9） としてキリストはお生まれになりました。天地の創造者なる全能の神が、いま破れ果てた馬 小屋の中に人としてお生まれになったのです。私たちのために十字架の道を歩まれるかたと して、救い主（キリスト）としてこのかたは私たちのもとに宿られました。 そこで私たちの心はヨセフとマリアと共に、今朝の7節の驚くべき御言葉へと導かれてゆ きます。それは（6節の途中から拝読しますが）「マリヤは月が満ちて、初子を産み、布にく るんで、飼葉桶の中に寝かせた。客間には彼らのいる余地がなかったからである」という御 言葉です。この「客間」とは私たちの住むこの世界をあらわしています。つまりこの御言葉 を解くなら、私たちのこの世界はどこにも御降誕の主イエス・キリストを迎える「余地」を 持たなかったのです。クリスマスを祝う余地は私たちのどこにも無かったという現実を、こ の7節の御言葉がはっきりと告げているのです。 アメリカのクリスマスソングに“ラスト・クリスマス”という曲があります。昨年のクリ スマス、僕は君に特別なプレゼントをしたのに、次の日、君はそれを棄ててしまった。だか ら今年のクリスマス、僕は他の特別な人にプレゼントを渡すことにする。もう涙を流すのは ごめんだ」こういう歌詞です。本当のクリスマスはこれとちょうど正反対なのです。神はそ の最愛の独子というプレゼントを私たちにお与えになりました。私たちはそのキリストを棄 てて十字架につけてしまいました。では神は「もう涙を流すのはごめんだ」と言って救いの ご計画を中止してしまわれたでしょうか？。そうではありません。まさにキリストは「余地」 のないところに、十字架以外に救いのないところに、お生まれ下さった救い主なのです。主 は十字架におかかりになるためにお生まれ下さったのです。馬小屋の飼葉桶の背後には十字 架が見えているのです。 あのアウシュヴィッツも同じ人間によって引き起こされた現実の出来事なのです。20世紀 は「混乱と殺戮の世紀」と呼ばれました。既に10年を経た21世紀はどうでしょうか？。こ の僅か10年の間にさえ私たちは、もう数え切れないほどの混乱と悲惨を見ています。新聞に もテレビにも人間の「罪」が現れない日は一日もありません。それこそどこにも救いの「余 地」のない町と同じです。たとえどんなに外見は立派でも、神の御業を迎える「余地」のな い町はもはや宿屋（レストハウス）を持たない「レスト」（安息）のない世界です。その「レ スト」（安息）なき世界の救いのためにこそ、主は「余地」のないところにお生まれ下さった のです。「全て重荷を負うて苦労している者は、わがもとに来たれ。われ汝らを休ません」（マ タイ11:28）。「あなたがたは、わたしたちの主イエス・キリストの恵みを知っている。すなわ ち、主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられた。それは、あなたがたが、 彼の貧しさによって富む者になるためである」（�競灰螢鵐�8:9）。 クリスマスは私たちの「余地」なき世界に現わされた神の途方もない愛の出来事です。私 たちはこの日を「メリー・クリスマス」（クリスマスの限りない喜び）と祝います。クリスマ スのメリーネス（限りない喜びの理由）は神の永遠の御子が「余地」なき私たちの世界のた だ中にお生まれ下さったという事実にあるのです。主イエス・キリストは「余地」なきベツ レヘムの飼葉桶の中に、すなわちこの世界で最も暗く低く暗く貧しいところに、私たちの「罪」 のただ中にお生まれになった唯一の救い主なのです。 この驚くべきクリスマスの出来事を福音書記者ヨハネは「すべての人を照らすまことの光 があって、世に来た」と告げました。このかたは私たちの罪の暗黒のただ中に、絶望のただ 中に「まことの光」としてお生まれになりました。その光は闇の中に（「余地」なきところに） 輝いているのです。今日のこのクリスマス礼拝は、私たちが心からこのキリストご聖誕の喜 びにあずかり、神の御名を讃美し感謝する日です。クリスマスとは「キリストを礼拝する喜 び」という意味です。この喜びに満たされた私たちは、平安と祝福を携えて世の人々のもと に遣わされてゆきます。どうかともに心新たに信仰の道を歩み、讃美と感謝を献げつつ、主 が共におられる平安の歩みへと導かれてゆきましょう。