説     教            出エジプト記403438節  ヨハネ黙示録1558

                    「主の栄光」 ヨハネ黙示録講解〔54

                   2025・10・19(説教25422141

 

(5)その後、わたしが見ていると、天にある、あかしの幕屋の聖所が開かれ、(6)その聖所から、七つの災害を携えている七人の御使が、汚れのない、光り輝く亜麻布を身にまとい、金の帯を腰にしめて、出てきた。(7)そして、四つの生き物の一つが、世々限りなく生きておられる神の激しい怒りの満ちた七つの金の鉢を、七人の御使に渡した。(8)すると、聖所は神の栄光とその力とから立ちのぼる煙で満たされ、七人の御使の七つの災害が終ってしまうまでは、だれも聖所にはいることができなかった」。

 

 今朝の御言葉に、特に8節でありますけれども「神の栄光」という言葉が出て参ります。今朝の説教題は「主の栄光」といたしましたけれども、それは併せてお読みした旧約聖書の出エジプト記40章の34節と35節から取りました。改めてそこをお読みしてみましょう「(34)そのとき、雲は会見の天幕をおおい、主の栄光が幕屋に満ちた。(35)モーセは会見の幕屋に、はいることができなかった。雲がその上にとどまり、主の栄光が幕屋に満ちていたからである」。

 

これらの御言葉を坦懐に読みます限り「神の栄光」また「主の栄光」という言葉(言葉はすなわち出来事ですが)は、私たちを主なる神から遠ざけるもの、近づかせないようにするもの、引き離そうとするもの、そのような印象を私たちは抱くのではないでしょうか。たしかに、出エジプト記40章においては、神の僕モーセは「主の栄光」に阻まれて「会見の幕屋」に入ることができませんでした。また、今朝のヨハネ黙示録158節によれば、聖所(これは旧約における会見の幕屋と同じ意味を持っています)に「神の栄光」が満ちていたので、そこには誰も近づくことができなかったと、確かに記されているのです。

 

 そういたしますと、私たちは「神の栄光」また「主の栄光」という言葉に対して、ある種の否定的感情(あるいは諦めのような思い)を抱くことになるのではないでしょうか。それは、主エス・キリストは「すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう」(マタイ11:28)とおっしゃっておられるではないか。それなのに、どうして出エジプト記では、あるいはヨハネの黙示録では、むしろ私たちの誰をも近づくのを拒むようなことを神は語っておられるのか。そのような素朴な疑問を私たちは心に抱くのではないかと思うのです。

 

 それどころではありません。今朝のヨハネ黙示録155節以下をよく見ますと、七人の御使(天使)はそれぞれ、神から委ねられた「神の激しい怒りの満ちた七つの金の鉢」を手に手に携えて出てくるのです。そして8節を見ますと「聖所は神の栄光とその力とから立ちのぼる煙で満たされ、七人の御使の七つの災害が終ってしまうまでは、だれも聖所にはいることができなかった」と記されているわけです。これはもう、厳しい拒絶のお姿と言わざるをえません。ただ単に「近づこうとするものを拒む」だけではなく、むしろ「近づこうとするものを滅ぼす」神の御怒りが明確に現わされているわけです。このことを、私たちはどのように理解したらよいのでしょうか。この現実と「すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう」との間に、このいっけん正反対に見える御言葉を結びつける何かがあるのでしょうか?。

 

 宗教改革者マルティン・ルターはいまから408年前の16171031日に「96箇条の提題」をローマ教皇庁に対して提示し、そこに宗教改革が始まりました。このルターは最初は、エルフルトという町のアウグスティヌス会という、たいへん戒律の厳しい修道院で修道生活をしていた修道司祭でした。ルターが厳しい修道生活に没頭していた理由は「いかにすれば私は神の義を獲得できるか」ということに、自分の(また全ての人間の)唯一の救いがあると確信していたからです。旧約聖書にも新約聖書にも、特にローマ書の中には「神の義」という言葉がたくさん出て来るわけですが、その「神の義」というのをルターは「いかにすればそれを獲得できるか」という「能動的な義」(justitia activa)として理解していたわけです。まさにそのためにこそ、非常に厳しい修道生活に明け暮れていたのでした。

 

 ところが、どんなに厳しい修行を積んでも、痩せて骨と皮ばかりになるまで自分を追い込んでも(事実、この頃の、鬼気迫るほどに痩せさらばえたルターの姿を、ルーカス・クラナッハという画家が描いています)「神の義」は近づくどころか、逆に自分からどんどん遠くに離れて行ってしまうばかりであるようにルターは感じました。大きな不安と焦りからルターは不眠症になります。そしてある日、修道院長のシュタウピッツに自分の悩みを打ち明けるのです。「どうしたら神の義を獲得することができるでしょうか?」と訴えたのです。ルターにとって幸いだったのは、このシュタウピッツという修道院長が、非常に優れた聖書学者であったことでした。シュタウピッツはルターに「詩篇を研究しなさい」と勧めたのです。これが、ルターの大きな変化のきっかけになりました。

 

 詩篇の御言葉を改めて一所懸命に研究することによって(そしてヴィッテンベルク大学の学生たちにその研究の成果を講義することによって)ルターはある日ついに気がつきます。それは「神の義は能動的な義(つまり自分がそれを獲得すべき義)ではなく、受動的な義(justitia passiva すなわち、神から恵みとして与えられる義)である」ということにルターは気がついたのでした。すると、神が私たちに求めておられるのは、十字架と復活の主イエス・キリストをわが主・救い主と信じる信仰のみ(sola fide)です。(ルターのこの経験“恵みの再発見の経験”はエルフルトの修道院の塔のある部屋でのことでしたので“塔の経験”とも呼ばれます)。

 

それは、ローマ書321節にこのように語られているとおりです「(21)しかし今や、神の義が、律法とは別に、しかも律法と預言者とによってあかしされて、現わされた。(22)それは、イエス・キリストを信じる信仰による神の義であって、すべて信じる人に与えられるものである。そこにはなんらの差別もない。(23)すなわち、すべての人は罪を犯したため、神の栄光を受けられなくなっており、(24)彼らは、価なしに、神の恵みにより、キリスト・イエスによるあがないによって義とされるのである」。

 

 主なる神はルターに対して恵みをお示しになったのと同じように、いまここに集うている私たち全ての者たちに、ただ十字架と復活の主イエス・キリストを「わが主・救い主」と信じる信仰のみ(sola fide)を求めておられるのです。このことを逆に言うならば、私たちは信仰なしに「神の義」を得ることはできないわけです。そして信仰とは十字架と復活の主イエス・キリストに自分を投げかけることですから(だからこそ信仰という字は「そのかたの言葉を信じて、ただそのかただけを仰ぐ=そのかたに自分を投げかける」と書きます)信仰とはすなわち、十字架と復活の主イエス・キリストのみが主であられる新しい生を歩むことです。

 

 そういたしますと、今朝の御言葉の、いっけん大きく矛盾しているように見える2つの御言葉が繋がるのではないでしょうか。それを繋げて下さるおかたこそ、十字架と復活の主イエス・キリストです。私たちは計り知れない罪人ですから、誰一人として「会見の幕屋」または「聖所」に入ることはおろか、近づくことさえできません。しかし、私たちのためにあのゴルゴタにおいて呪いの十字架にかかって下さり、御自身の生命を献げて私たちの罪の贖いを成し遂げて下さった十字架と復活の主イエス・キリストによって、ただこのおかたによってのみ(sola Christo crucifico)大胆に、憚ることなく、喜びと感謝をもって「会見の幕屋」また「聖所」に入ることができるのです。

 

いま、ここに集うている私たち全ての者たちが、十字架と復活の主イエス・キリストによって、その尊い贖いの恵みの御業によって「主の栄光」(十字架と復活の主イエス・キリストによる唯一絶対の救いの御業)を見る(経験する)僕たちとならせて戴いているのです。このことを喜びつつ、誇りつつ、神を讃美しつつ、新しい一週間の主にある歩みを、心を高く上げて続けてゆく私たちでありたいと思います。祈りましょう。