説     教          エゼキエル書313節  ヨハネ黙示録10111

                   「天使獅子吼」 ヨハネ黙示録講解〔40

                  2025・07・13(説教25282127

 

(1)わたしは、もうひとりの強い御使が、雲に包まれて、天から降りて来るのを見た。その頭に、にじをいただき、その顔は太陽のようで、その足は火の柱のようであった。(2)彼は、開かれた小さな巻物を手に持っていた。そして、右足を海の上に、左足を地の上に踏みおろして、(3)ししがほえるように大声で叫んだ。彼が叫ぶと、七つの雷がおのおのその声を発した」。今朝の説教題を「天使獅子吼」といたしました。実は天使は(ヨハネ黙示録に現れて来る天使は)まことに力強い存在でありまして「右足を海の上に、左足を地の上に踏みおろして」いるのです。そして何よりもその天使は「ししがほえるように大声で(神の御言葉を)叫ぶ」のです。これは、私たちが漠然とイメージしている御使(天使)の姿とは、大きく異なるのではないでしょうか。

 

 私たちは既に、このヨハネ黙示録の今までの学びの中で「御使=天使」とは、ただキリストの恵みの主権のみを世に現わさんとする教会(聖なる公同の使徒的なる教会)の働きのことを意味すると学びました。それならば、その天使が(主の教会の天使的職務が)「右足を海の上に、左足を地の上に踏みおろして、ししがほえるように大声で叫ぶ」のは当然なのではないでしょうか。教会の「公同」とは「普遍的=キャソリシティ」という意味です。教会において歴史の中に現わされるキリストによる救いの御業は全世界を覆い尽くす普遍的な御業なのです。そして主の教会が「獅子がほえるように叫ぶ」のは、一人でも多くの人に唯一の救いの福音を宣べ伝えるためです。

 

 昔は、今から100年以上も昔のことですけれども、たとえば旧日本基督教会の礼拝におきましても、現代のようなマイクロホンなどの拡声器がありませんでしたから、説教壇に立つ牧師は声が大きいことが牧師(説教者)たることの条件の一つとされていました。日本最初の神学校として設立されたブラウン塾で(これは東京神学大学の前身であり、今日の横浜共立女学園の場所にありましたが)植村正久と井深梶之助と本多庸一が卒業試験を受けました。植村正久という人は非常に優れた説教をする人でしたが、いかにせん訥弁でした。説教の途中で沈黙する時があったらしいのです。

 

この植村の説教を聴いた正直で清廉なカーティス・ヘボン博士が言いました。「君の説教はとても聞きづらい。下手である。牧師になるにはまだ早いのではないか」。するとそばにいた井深梶之介が助け舟を出したというのです。「ヘボン先生、植村君はたしかに説教は下手です。しかし彼は三度の飯より伝道が好きです。伝道にかける情熱は我々3人の中で植村君にまさる者はいません。どうか彼の試験を合格にしてやって下さい」。この井深梶之介の助け舟が功を奏しまして、植村正久は無事に按手礼を受けて牧師になることができたわけであります。

 

 これなども、私はこのエピソードがとても好きなのですけれども、植村正久という牧師が、それこそ生涯にわたって「天使獅子吼」した説教者であったことを示す逸話であると思うのです。また、植村正久について、こういう話もあります。植村牧師はよく地方の教会に伝道説教に招かれた。あるとき、それは山陰のある地方の教会であったそうですが、植村牧師が一所懸命説教しておりますと、窓の外からわざと聞こえよがしにこういう声がしたというのです「あーあーなにを言ってるんだかちっともわかんねえや!」すると植村牧師はその声のした窓の外をキッと睨みつけて「わからんのなら、そんなところで覗いていないで、礼拝堂の中に入って座って聴け!」と叫んだというのです。私はこのエピソードもとても好きです。昔の牧師たちにはこのような気迫があったのです。キリストの伝道者たる自覚と誇りが漲り溢れていたのです。そして一人でも多くの人たちに福音を宣べ伝えんとしたのです。今はどうでしょうか。植村牧師のように「わからんのなら、そんなところで覗いていないで、礼拝堂の中に入って座って聴け!」と叫べる(獅子吼できる)牧師がはたしているでしょうか。

 

 今朝、併せてお読みした旧約聖書のエゼキエル書31節以下に、神によって伝道者として召された預言者エゼキエルに、主なる神が御言葉の巻物を唯一の真の食物としてお与えになった出来事が記されています。「(1)彼はわたしに言われた、『人の子よ、あなたに与えられたものを食べなさい。この巻物を食べ、行ってイスラエルの家に語りなさい』。(2)そこでわたしが口を開くと、彼はわたしにその巻物を食べさせた。(3)そして彼はわたしに言われた、『人の子よ、わたしがあなたに与えるこの巻物を食べ、これであなたの腹を満たしなさい』。わたしがそれを食べると、それはわたしの口に甘いこと蜜のようであった」。

 

 なぜこのエゼキエル書31節以下をお読みしたかと申しますと、これと同じ経験を使徒ヨハネもこの黙示録においてしているからです。それは今朝の御言葉の8節以下です。「(8)すると、前に天から聞こえてきた声が、またわたしに語って言った、『さあ行って、海と地との上に立っている御使の手に開かれている巻物を、受け取りなさい』。(9)そこで、わたしはその御使のもとに行って、『その小さな巻物を下さい』と言った。すると、彼は言った、『取って、それを食べてしまいなさい。あなたの腹には苦いが、口には蜜のように甘い』。(10)わたしは御使の手からその小さな巻物を受けとって食べてしまった。すると、わたしの口には蜜のように甘かったが、それを食べたら、腹が苦くなった。(11)その時、『あなたは、もう一度、多くの民族、国民、国語、王たちについて、預言せねばならない』と言う声がした」。

 

 ここでひとつの疑問があります。なぜ、神の御言葉の巻物は、エゼキエルにとっても、使徒ヨハネにとっても、「口には蜜のように甘いが、腹には苦い」ものだったのでしょうか。全く同じ経験を預言者エレミヤもしています。エレミヤの場合は、受けた神の御言葉を食べて、それを腹の中におさめたとき、今度はそれを吐き出さずにはおられなくなったのです。つまり、預言者は、牧師たるものは、ただ神の御言葉を食べて満腹しただけではないのでありまして、今度はそれを他の人々に語る「御言葉の器」とされるのです。それが、神の御言葉の巻物は「口には蜜のように甘いが、腹には苦い」ことの意味であります。言い換えるなら、神の御言葉は(全世界の対する救いの福音は)伝道者にとって(それを宣べ伝える主の教会の天使的職務にとって)ただ受けて(食べて)満足するものであるにとどまらず、それを全ての人に宣べ伝えずにはやまぬ性質のものなのです。ですからヨハネ黙示録は突き詰めて申しますなら「神の御言葉を食べた使徒ヨハネによる伝道のわざの記録(天使的職務の記録)」なのです。だからこそ、その御言葉はそれを聴いて食べる全ての人に真の救いと生命を与えるのです。

 

 それと同時に、これもとても大切なことですが、このヨハネ黙示録は徹頭徹尾「主の教会を建てる福音の御言葉」です。どういうことかと申しますと、本当の伝道のわざとは、真のキリストの御身体なる聖なる公同の使徒的なる教会を形成することと一体不可分離な「天使的職務」なのです。いまの石破総理大臣の母方の曽々祖父にあたる人は金森通倫という人です。熊本バンドの一員として同志社で新島襄の薫陶を受けた人です。この金森通倫は生涯において約2万人に洗礼を授けたといわれています。たぶん世界的に見てもギネス級の記録に値する数ではないでしょうか。日本各地で伝道集会を開いて、それこそ熱弁をふるって「キリストを信じたいと決心した人は前に出て来て下さい」と言って、出てきた人たちに、とにかく全員になにも考えずに洗礼を授けたのです。インスタンティナス・コンバージョン(即時的回心)こそが伝道だと考えたわけです。

 

 ところが、ところがですよ、この2万人の人たちは、99%ほとんど一人残らず消えてしまったのです。信仰を全うした人はほとんどいなかったのです。なぜかと言いますと、金森通倫は伝道集会を開いたけれども、教会を建てなかったからです。雄弁な熱弁をふるったけれども、キリストの御身体なる聖なる公同の使徒的教会は建てなかったからです。語りっぱなしで、産みっぱなしで、それを育てる母体としての教会を建てなかったからです。せっかく伝導集会で洗礼を授けても、育てる母体である教会がなければ、その人たちは自然消滅するしかないのです。洗礼を受けた2万人の人たちにとっては「そういえば若い頃、金森なんとかという先生の話を聞いて感激して、洗礼のようなものを受けた」という僅かな記憶しか残らなかったのです。

 

 私たちの伝道は、そういうものであってはなりません。なによりも、このヨハネ黙示録が語っている「天使的職務」とはそういうものではないのです。私たちはこの葉山の地に、このピスガ台に、真のキリストの御身体なる、聖なる公同の使徒的な教会を建ててゆく群れであらねばなりません。そしてたとえ数は少なくとも、絶えず御言葉によって改革されつつ歩む、真のキリスト者の群れが成長してゆく、そのような教会をともに建てて参りたいと思うものであります。そのためにこそ、私たちはそれこそ獅子吼する天使的職務を担い続けて参りたいと思います。「御言三昧・只管礼拝」(神の御言葉によって豊かに養われつつ、いつも真の礼拝を献げ続けてゆく群れ)として、心を高く上げて、歩んで参りたいと思います。祈りましょう。