説     教             詩篇4315節  ピリピ書21618

                  「神の祭壇」

                   2024・08・25(説教24342081)

 

(16)このようにして、キリストの日に、わたしは自分の走ったことが無駄でなく、労したことも無駄ではなかったと誇ることができる。(17)そして、たとえ、あなたがたの信仰の供え物をささげる祭壇に、わたしの血を注ぐことがあっても、わたしは喜ぼう。あなたがた一同と共に喜ぼう。(18)同じように、あなたがたも喜びなさい。わたしと共に喜びなさい」。ピリピ人への手紙は西暦59年の暮れないしは60年の初頭に、使徒パウロによって東マケドニア(今日のギリシヤ)のピリピという港湾都市にあった教会に宛てて書き送った手紙です。パウロはそれから間もなくローマにおいて殉教の死をとげましたので、このピリピ書は文字どおり彼の絶筆となりました。

 

 さて、今朝私たちが与えられたこのピリピ書の216節以下において、使徒パウロは、すぐにも来たるべき自分の死を予想しつつ「このようにして、キリストの日に、わたしは自分の走ったことが無駄でなく、労したことも無駄ではなかったと誇ることができる」と語っています。ここで「キリストの日」とあるのは、全世界に救いを完成して下さるために、主イエス・キリストがこの歴史の中に再び見えるお姿においておいでになる日のことです。キリストの再臨の日のことです。使徒パウロはいつ、いかなる時にも、再臨の主イエス・キリストの御前に、全世界に完成される救いのときを確信し、主を待ち望みつつ伝道のわざに励みました。

 

 それ同じように、いまパウロは、愛するピリピの教会の人々に対しても、どうかあなたがたの日々の生活の全てが「キリストの日」に向かって喜びつつ歩むものになってほしいと語っているのです。そして自分自身についてパウロは「走ったことも、労したことも、無駄ではなかったと誇ることができる」と語っています。この「誇ることができる」とは「神を喜ぶ」という意味のギリシヤ語です。自分自身を誇るのではなくただ主なる神を誇るのです。十字架と復活の主イエス・キリストを誇りとなすのです。

 

このことをパウロは第二コリント書129節と10節にこのように語っています。「(9)ところが、主が言われた、「わたしの恵みはあなたに対して十分である。わたしの力は弱いところに完全にあらわれる」。それだから、キリストの力がわたしに宿るように、むしろ、喜んで自分の弱さを誇ろう(この場合「喜ぶ」と「誇る」は同じギリシヤ語です)。だから、わたしはキリストのためならば、弱さと、侮辱と、危機と、行き詰まりとに甘んじよう。なぜなら、わたしが弱い時にこそ、わたしは強いからである」。

 

使徒パウロのみならず、ここに集う私たち自身も、もし自分自身を顧みるなら、そこには「滅ぶべき罪人のかしら」があるのみです。しかし、まさにその「滅ぶべき罪人のかしら」なる弱き私たちを救い、永遠の生命を与えて下さるために、神の永遠の独子イエス・キリストが、あのゴルゴタの丘において呪いの十字架におかかり下さり、御自身の生命を献げ尽くして、私たちの罪の贖いとなって下さり、呪いを祝福に、滅びを永遠の生命に変えて下さった。そのような絶大な救いの恵みを与えられ、知らしめられた私たちなのでありますから、私たちはなおさら、自分自身をではなく、ただ救い主なる十字架と復活の主イエス・キリストのみを誇り(喜び)となすのみではないでしょうか。

 

 そこで、以上のことを念頭に置きつつ、どうぞ続く17節と18節をご覧ください。「(17)そして、たとえ、あなたがたの信仰の供え物をささげる祭壇に、わたしの血を注ぐことがあっても、わたしは喜ぼう。あなたがた一同と共に喜ぼう。(18)同じように、あなたがたも喜びなさい。わたしと共に喜びなさい」。使徒パウロは事実、西暦60年の半ばごろにローマにおいて殉教の死を遂げたわけでありますが、ここで不思議なことを語っています。それは17節の「たとえ、あなたがたの信仰の供え物をささげる祭壇に、わたしの血を注ぐことがあっても、わたしは喜ぼう。あなたがた一同と共に喜ぼう」という言葉です。この「信仰の供え物をささげる祭壇」とは、まさにパウロにとって、来たるべき殉教の日と場所のことを意味しています。まさしくその祭壇に、パウロは言うのです「(たとえ)わたしの血を注ぐことがあっても、わたしは喜ぼう。あなたがた一同と共に喜ぼう」と。

 

 先ほど、私たちキリスト者の日々の生活は、いつも「キリストの日」(主イエス・キリストが再び歴史の中に見えるお姿で来たりたもうその日)に向かって歩む生活であると申しました。それならば、同じようにこの「信仰の供え物をささげる祭壇」とは、単に殉教の日と場所のことだけではないはずです。むしろそれは、私たちがキリストの御身体なる聖なる公同の使徒的なる教会に連なって歩む全ての信仰生活(言い換えるなら、私たちキリスト者の全生涯)のことを意味しているのではないでしょうか。

 

 私は祈りのときにいつも、終わりの言葉が「この祈りを主イエス・キリストの御名によりて献げたてまつる」となります。これは私が17歳の時から続けている、いわば習慣のようになっている言葉です。私はこの「祈りたてまつる」という言葉を、初めて行った教会の協力牧師であられたハーバート・べーケン宣教師(Rev.Min.Herbert Beeken)から学びました。ベーケン先生は7年ほど前に96歳で天に召され、群馬県の安中教会で行われたその葬儀には、私たちの長老である石塚武志さんが出席されました。私はある時、このベーケン先生から「My life is my message=私の人生そのものが、私のメッセージである」という言葉を教わりました。それは私が17歳のときの忘れられない思い出です。

 

 実はこのMy life is my messageとは、16世紀のスコットランドの宗教改革者であったジョン・ノックス(John Knox)の言葉です。ノックスも迫害で受けた傷がもとで若くして亡くなった人ですが、この言葉の意味は「あなたの人生そのものがあなたのメッセージであるような人生を主と共に歩む人になりなさい」(Be the kind of person who walks with the Lord in such a life that your very life is your message)ということです。ですからその主語は十字架と復活の主イエス・キリスト御自身なのです。少しも自分自身を誇りとはしないのです。ただ十字架と復活の主イエス・キリストのみをわが誇り(私たちの最大の喜び)とするのです。そしてそのことは、まさに使徒パウロの生涯を貫いている最大の喜び(最大の誇り)でもありました。

 

 使徒パウロにとって、否、ここに集うている私たち全てのキリスト者にとりまして、「神の祭壇」とは日々の私たちの生活そのもののことなのです。それこそ「キリストの日」に向かって(永遠の御国に向かって)主と共に、主の祝福の内を、心を高く上げて歩む私たちキリスト者の日々の歩みです。それならば、使徒パウロは、否、私たちは、その「神の祭壇」に自分自身を献げつつ歩む神の僕たち(キリストの弟子たち)なのではないでしょうか。そして「殉教」という言葉はギリシヤ語やラテン語で申しますなら「証しをする」という意味のマルトゥリアです。なんの証をするのでしょうか?。私たちに与えられた、十字架の主イエス・キリストによる絶大な救いの恵みを証しするのです。私たちはそれを黙っていることなどできない、隠しておくことなどできないのです。

 

ピリピの教会もそうでした。日に日に激しさをましてゆくローマ帝国によるキリスト教迫害の中で、ピリピの教会の人々は、少しも黙ってなどいませんでした。隠しておくことなどしませんでした。そうではなくて、大胆に、喜びつつ、誇りつつ、ただ十字架と復活の主イエス・キリストの救いの恵みを証しし続けたのです。語り続けたのです。「神の祭壇」に自分自身を献げたのです。私たちも同じです。だからいつ、いかなる時代にも、私たちは真の礼拝を献げ続けて参りました。ただ十字架と復活の主イエス・キリストによる絶大な救いの恵みのみを語り続けて参りました。これからも、それは決して変わることはありません。まさに「キリストの日」に向かって歩み続ける私たち葉山教会だからです。

 

 このことをご一緒に心に深く留めつつ、ただ十字架と復活の主イエス・キリストのみを喜びつつ、誇りつつ、主と共に、主の祝福の内を、心を高く上げて歩み続ける私たちでありたいと思います。(16)このようにして、キリストの日に、わたしは自分の走ったことが無駄でなく、労したことも無駄ではなかったと誇ることができる。(17)そして、たとえ、あなたがたの信仰の供え物をささげる祭壇に、わたしの血を注ぐことがあっても、わたしは喜ぼう。あなたがた一同と共に喜ぼう。(18)同じように、あなたがたも喜びなさい。わたしと共に喜びなさい」。祈りましょう。