説 教 詩篇119篇105節 ヨハネ福音書5章39〜40節「神の言葉なるキリスト」
２０１８・０１・２８（説教１８０４１７３４） ヨハネ福音書の第5章には、主イエスがベテスダの池において38年間も病気であった人を癒されたこ と、その癒しが安息日に行われたことを非難するパリサイ派の律法学者たちが主イエスに論争を挑んでき たことが記されています。すなわち5章16節に「そのためユダヤ人たちは、安息日にこのようなことを したと言って、イエスを責めた」とあるとおりです。これに対して主イエスは17節に「わたしの父は今 に至るまで働いておられる。わたしも働くのである」とお答えになり、父なる神の救いの御業をあまねく 世に現されることがご自分の使命であることを明確になさいました。 ところが、これを聞いたパリサイ派の律法学者たちは18節にあるように「ますますイエスを殺そうと 計るようになった」のでした。その理由は「イエスが安息日を破られたばかりではなく、神を自分の父と 呼んで、自分を神と等しいものとされたからである」と記されています。ここにパリサイ人らの主イエス に対する敵意はいっそう露わになり、十字架への道は決定的なものになったと言えるでしょう。 ここで最も大切なことは、このような激しい憎しみと敵意の渦中にあってもなお主イエスは、パリサイ 人たちの心を最も大切なひとつの問いへと導いて下さったことです。それは「永遠の生命」を問う問いで した。主イエスはご自分の身の危険をさえ少しも顧みたまわず、むしろあらゆる機会をとらえて、ご自分 を敵視する人々をさえ、神の祝福のもとに導こうとなさいます。その尊い導きの趣旨こそ、今朝お読みし た5章39,40節の御言葉であります。「あなたがたは、聖書の中に永遠の命があると思って調べているが、 この聖書は、わたしについてあかしをするものである。しかも、あなたがたは、命を得るためにわたしの もとに来ようともしない」。 主イエスの時代のユダヤにとって、最も大きな関心は「どうすれば永遠の命を受けることができるか」 という問いでした。しかしその反面、当時のユダヤの人々は「救い」を政治的なもの、つまりローマ帝国 の支配から自由になって、ダビデ時代の繁栄を回復することだと考えていました。その実現のためにメシ ヤ（キリスト）が来るのだと考えていたのです。このような、政治的な選民主義に陥った「永遠の生命」 の思想は、やがて社会的倫理思想と結びつき、功績主義にすり替わってゆきました。主イエスがお教えに なり、また聖書が語っている「神の国」は、そのような政治的な国家の実現や功績主義とは何の関係もあ りません。それは「神の永遠のご支配の実現」という意味であり、いつどの時代、どの民族にもあてはま ることなのです。私たちの身も魂も、罪と死の支配から贖われ、解放されて、神の恵みのご支配のもとに 移されること、それが主イエスの語られた「永遠の生命」なのです。 ですから今日の御言葉において、主イエスは「あなたがたは、聖書の中に永遠の命があると思って調べ ているが、この聖書は、わたしについてあかしをするものである」と語られたのです。たしかにパリサイ 人らは「永遠の生命」を得ようとして非常に熱心に聖書を「研究」していました。事実、聖書に取り組む 彼らの姿勢には鬼気迫るものがあり、普通のラビ（ユダヤ教の教師）でも旧約聖書すべてを暗記していた と伝えられています。しかし彼らの聖書の読みかたは枝葉末梢にこだわる律法主義に陥るあまり「論語読 みの論語知らず」になり、聖書の本質であるキリストによる救い、永遠の生命の福音を読み取ることはで きなかったのです。 キリストの使徒となる以前のパリサイ人サウロも、そのような誤った聖書の読みかたをしていた一人で した。パウロはピリピ書3章6節にかつての自分について「律法の義においては落ち度のない者」であっ たと述べています。それは聖書の言葉を人間の功績をうながす「神の国」に入るための努力目標として読 んでいたということです。そしてその目標に到達することのできたごく一部の「落ち度のない者」だけが 「神の国」に入れるのだと考えていたのです。そういたしますと、聖書の言葉はもはや救いの恵みへの招 きではなく、人間の功績を要求する掟にすぎなくなります。パリサイ人サウロにとって聖書は、人間の努 力目標を掲げた律法の書になっていたのです。 そもそも、聖書の中心はどこにあるのでしょうか。そして聖書は、何をこの世界に、この歴史の中に、 私たち一人びとりに、語るものなのでしょうか？。その最も大切なことを、主イエスは「聖書はわたしに ついてあかしをするものだ」と語っておられるのです。聖書は十字架の主イエス・キリストを語るものだ ということです。もっとも私たちは新約聖書については、それがキリストについて「あかしをするもの」 だということを単純に納得できるかもしれません。では旧約聖書についてはどうでしょうか。旧約聖書の 中にはキリストという言葉は一度も出てきません。しかも主イエスが今朝の御言葉で語りたもうた「聖書」 とは旧約聖書のことなのです。旧約聖書もまたキリストを「あかしする」ものなのです。むしろ旧約聖書 は、キリストのみを「あかし」しているものなのです。ごく一例をあげるなら、アダムとエバの失楽園に おいて、神が彼らに授けられた「皮の着物」はキリストの十字架による罪の贖いを示しています。またア ブラハムがその独子イサクを犠牲として献げようとした出来事は、神の独子イエス・キリストの十字架に よる人類の贖いの出来事を示しています。シナイ山においてモーセに贖罪所の定めが示されたことも、ま た荒野で上げられた青銅の蛇も、キリストの十字架をさし示しているものです。預言書や詩篇などにはさ らに多くのキリスト預言が語られています。数え上げるならきりがありません。それに加えて旧約聖書は、 直接にキリスト預言とは言えない部分においても、キリストが現れなければ人間はとうてい救われないも のだということを直接にた間接に証言しているのです。 このことをカール・バルトという神学者は「旧約聖書は待望という形で、新約聖書は想起という形で、 ともに十字架の主イエス・キリストをさし示している」と申しました。示しかたは違いますが、旧約も新 約も共にキリストによる救いのみを私たちに宣べ伝えているのです。またパスカルは「パンセ」という本 の中で「イエス・キリスト、彼を二つの聖書は、旧約はその希望として、新約はその模範として、いずれ も中心とみなしている」と語っています。私たちの教会で、特に改革長老教会の礼拝おいてかならず旧約 と新約が読まれるのはそういう理由からです。聖書は旧約と新約いずれも主イエス・キリストのみを「あ かしする」ものなのです。だからこそそれは「聖書」（唯一の書、バイブル）と呼ばれるのです。 さて、聖書を自分の努力目標（律法）として読んでいたとき、サウロの魂には喜びも平安も確信もあり ませんでした。「自分は果たして救われるだろうか」という不安だけが残ったのです。そのサウロが聖書の 読みかたを一変させられたのは、復活のキリストとの出会いでした。聖書の中心使信がイエス・キリスト であることを示されたとき、それまでの自分の聖書の読みかたの誤りがはっきりわかったのです。聖書が キリストのみを「証しするもの」であることを知ったとき、聖書の言葉はもはや人間の努力目標などでは なく、確かな救いと祝福への招きとしてサウロの魂に迫って来たのです。そのようにしてパリサイ人サウ ロはキリストを信じて洗礼を受け、キリストの使徒パウロとして生まれ変わりました。人間は自分の行い の義によってではなく、ただイエス・キリストを信ずる信仰による義によって救われ「神の国」に生きる 者とされるのです。そこには何の資格も条件も問われないのです。問われるのはただ「イエスは主なり」 と告白する信仰だけなのです。 今朝の御言葉の40節に主イエスははっきりと語りたまいました。「しかも、あなたがたは、命を得るた めにわたしのもとに来ようともしない」と。「論語読みの論語知らず」ならぬ「聖書読みの聖書知らず」に 陥っていたパリサイ人らは、譬えて言うなら、せっかく生命の泉にいたる地図を手に入れたのに、その泉 に「来ようともしな」かった人のようなものです。このことは今日にいたるまで、あらゆる時代の人間の 根本的な悲劇の原因なのです。現代の真面目な多くの人々も、人間を真に生かす「生命の泉」を求めてい ます。ある人々は哲学や道徳の中に、またある人々は文化活動や芸術の中に、またある人々は社会変革や 政治活動の中に、どこかに「生命の泉」があるにちがいないと必死に捜し求めています。しかしそれらの ものは、永遠の生命の在り処を暗示してくれてはいても、決してその生命そのものを与えるものではあり ません。「永遠の生命」は昔も今も変わりなく、十字架の主イエス・キリストのもとにのみあるのです。 私たちはどうでしょうか？。私たちは「聖書の中心はイエス・キリストである」と、ただ言葉でのみ、 頭でのみ、理屈でのみ、わかったような気になっていることが、私たちにもないでしょうか？。私たちこ そ意外にパリサイ的な聖書の読みかたをしていることはないでしょうか？。パウロは「神の国は言葉では なく力である」(�汽灰螢鵐�4:20)と語りました。これは「言葉か、力か」という二者択一ではなく、聖書 が語る唯一の言葉は十字架の主イエス・キリストであるゆえに、それは「すべての人を救う力を持つ」の だということです。それなら、大切なことは、聖書において（つまり神の御言葉において）生ける現臨の 主イエス・キリストに出会うことです。言い換えるなら、私たちはいつも生ける現臨の主イエス・キリス トに出会う聖書の読みかたをすることが大切なのです。それは教会の礼拝において聖書を読むことです。 礼拝を中心軸に据えて、日々聖書に親しむ生活を送ることです。なぜなら教会は十字架と復活の主イエス・ キリストの御身体だからです。この教会に結ばれて生きることは、私たちがキリストの御身体に結ばれて 生きることです。キリストの御身体に結ばれて聖書を読むことが、いちばん正しい聖書の読みかたなので す。だからこそ私たちは、他の人々への伝道の言葉として「まず聖書を読みなさい」とは勧めません。そ うではなく「まず日曜日の礼拝に出席して下さい」と勧めるのです。そうでないと、いくら熱心に聖書を 「研究」しても、それは主観的な読みこみに終ってしまうからです。聖書は何よりも「神の言葉の説教の 書」です。説教は教会において全世界に神の御言葉が宣べ伝えられることです。だから教会から離れた聖 書の読みかたは、決して本当の聖書の読みかたにはならないのです。いくらギリシヤ語やヘブライ語を学 んでも、難しい神学書をたくさん読んでも、礼拝者として教会生活者として聖書を読むのでなければ、そ の中心であるイエス・キリストに出会う読み方にはならないのです。 繰り返して申します。教会は十字架と復活の主イエス・キリストの御身体であり、キリストは神の御言 葉そのものであられるかたです。聖書の母体はこのキリストの身体なる教会ですから、教会から離れた聖 書の正しい読みかたというものはありえないのです。もともと聖書は礼拝において、礼拝のために書き記 されたものです。だから私たちの教会はいつの時代にも「神の言葉の三つの形」を重んじて参りました。 第一に、神の御言葉は「啓示された」神の御言葉であるイエス・キリストによって世に与えられ、第二に 「書き記された」神の御言葉である聖書によって宣べ伝えられ、第三に「宣教される」神の御言葉である 説教によって現実のものとされるのです。そのいずれをも欠いてはならないのです。この3つの御言葉の 形は、主の御身体なる教会においてこそひとつのものになります。イエス・キリストご自身と、聖書と、 説教とが相俟って、はじめてそこに礼拝者の群れが建てられてゆきます。礼拝者として生きるとは、私た ちがそのあるがままに、みずからの功績や義によってではなく、ただひたすらにキリストに贖われた者と して、キリストに恵みによって結ばれ、教会に連ならしめられた者として、生活のただ中で神の栄光を讃 美し、神に仕えて生きる者とされてゆくことです。キリストによって神を誇り、讃美することにおいて、 人生の旅路を歩む勇気と力と慰めとをたえず主の御手から受けつつ生きる者とされてゆくことです。自分 本位の信仰生活ではなく、神本位の信仰生活に変えられてゆくことです。そこに私たちの本当の喜びがあ り、平安があり、慰めがあり、自由があり、幸いがあることを覚えるのです。 今ここに、聖書を読みつつ、聖書の光のもとに歩む私たちの生活は、そのような礼拝者としての生活と 一体のものなのです。聖書の中心使信にいますイエス・キリストが、永遠の生命、神との完全な交わりと、 死を超えた復活の生命へと、教会によって、全ての人を招いておられるのです。「あなたがたは、聖書の中 に永遠の命があると思って調べているが、この聖書は、わたしについてあかしをするものである」。神の御 言葉なるキリストこそ、唯一の罪の贖い主、永遠の生命の主であられるのです。