説 教 イザヤ書53章5〜7節 第一ペテロ書2章18〜25節「キリストの御受難」
２０１６・０８・２８（説教１６３５１６５８） 私たちが先ほども歌いつつ告白いたしました使徒信条。この使徒信条の中には、主イエス・キリスト について12個の動詞があります。順に申しますなら「��(主は)宿りたまい、�△�とめマリアより生まれ、 �６譴靴澆鮗�けられ、�そ住�架につけられ、�セ爐砲燭泙ぁ↓κ茲冒鬚蕕譟↓П�府に降り、�┐茲澆�え られ、��天に昇り、��全能の父なる神の右に座したまい、��かしこより再び世に来られ、��生ける者と 死ねる者とを審きたもう」この12の御業です。そこで、このように読んで参りますと、使徒信条とい うものは本当に緻密で正確な信仰の告白文であることがわかるのです。これらの12個の項目(主イエス の御業に関する告白)には、言い伝えによりますと、そのひとつずつに十二弟子が関わっていたことにな っています。その歴史的な真偽はともあれ、それは使徒信条が正統的な使徒的信仰告白であることをあ らわしているのです。 そこで今朝、私たちが共に心を留めたいことは「(主は)御苦しみを受けられ」とある告白についてで す。いきなりですがパッションフルーツという果物があるのをご存知でしょうか？。神学校でラテン語 を学んだ者にとっては「パッション」と聞きますとずばり、それはキリストの御苦難のことです。逆に 申しますなら、キリストの御苦難以外のものをパッションとは呼ばない。ですからパッションフルーツ と聞きまして、とても不思議な感じがいたしました。ラテン語では「パッスス」という言葉ですが、こ こから例えば「マタイ受難曲」(マテウス・パッシオン)というような表現が出てきます。「マテウス・パ ッシオン」とは「マタイ福音書に基づいて、キリストの御受難を覚える音楽」という意味です。 そこで、もう少し詳しく申しますと、キリストの御受難をあらわすパッススというラテン語には「自 分に責任や原因が無いにもかかわらず、他者のために苦しみを受けること」という意味があります。つ まり「他者のための全く自発的な苦しみ」こそキリストの御受難の言語的な意味づけです。そこで、私 たちの身に置き換えてみればわかるのではないでしょうか。私たちは自分に責任があって生じた苦しみ さえも、なんとかして逃れようとします。俗に「盗人にも三分の理」と言いますが、自分が悪いとわか っていても、私たちはなんとかして苦しみを(罰を)避けようと、必死に言い逃れをするのではないでし ょうか。 しかし、主イエス・キリストはちがうのです。主は罪なき神の永遠の独子であられます。現在この世 界に約75億人の人間がいるそうですが、その75億人全てに罪があるのです。パウロの言う「義人なし、 一人だに無し」です。ただ一人の例外が主イエスです。主イエスには罪が無い。と申しますより、主イ エスのみが唯一聖にして義なるおかたです。神と同質なるかた、神と本質を同じくしたもうかたです。 その主イエスに、私たち人間の罪の責任は関係ありません。関わり合いになる必要のないことです。私 たち人間が罪の結果どんなに醜い争いをしようとも、滅びようとも、主イエスはそれこそ芥川龍之介の 「蜘蛛の糸」のお釈迦様のように、極楽のハスの台の間から眉をひそめて観ているだけで良かったので はないでしょうか。それにもかかわらず、主イエスは私たちの罪の責任を、全て一身に引き受けて下さ いました。これだけでも、どんなに大きな恵みでありましょう。しかも、その引き受けて下さった方法 は尋常ならざるものでした。かつて植村正久牧師は「主は我ら罪人の救いのため、名状すべからざる御 苦難を担いたまひ、痛ましき手続きを経て、救いを成し遂げたまへり」と語りました。この「痛ましき 手続き」こそイエス・キリストによる救いの福音の内容なのです。 アリストテレスという哲学者は、ほんらい神が神であるということは、何物にも束縛されない絶対に 自由な存在であることだと申しました。「神は全ての苦難から完全に自由であるからこそ神である」と言 うのです。言い換えるなら、御受難を受けるような神はもはや「神ではない」ということです。苦しみ にも死にも完全に無縁な絶対者だからこそ、神は神だと言うのです。それを受けて、中世ヨーロッパで は「不動の動者」という言葉で神をあらわしました。神は何者によっても動かされることはなく、むし ろ全てのものを動かすかたである、という意味です。 それならば、私たちの主イエス・キリストは、私たちの救いのために人となり、十字架への道を歩ま れ、そして死なれたという事実によって、私たちの常識や知恵がとうてい測り知ることのできない深み、 まさに「痛ましき手続き」において、まことの救い主としてご自身を現して下さったのです。罪とは神 の外に出てしまうことです。その私たちを救うために、神の御子キリストみずから、神の外に出て下さ った。それがキリストの御受難の意味です。キリストは真の神としての完全な自由において、ただ測り 知れない愛によって、私たち全ての者のために御苦難を引き受けて下さったのです。そこに主イエスが 私たちのためになして下さった「痛ましき手続き」があります。十字架の死によりて、私たちを贖って 下さったのです。 来年2017年は宗教改革者マルティン・ルターが宗教改革の狼煙を上げてちょうど500年目の記念す べき年になります。1517年10月31日の朝、ルターは当時牧会しておりましたヴィッテンベルク城教 会の扉に「95箇条の提題」を掲示しまして、ローマ教皇庁に対して贖宥券(免罪符)の間違いについて公 開質問状を明らかにしたのです。プロテスタントという言葉の本来の意味はこのように「正しい事柄を 明らかにする」という意味です。そこで、少し時間を遡ります。ルターは1505年(22歳のとき)に修道 士になりました。それまでルターは大学で法律を学ぶ学生でした。成績も良かったので、周囲の人たち はみなルターの立身出世を期待していました。ところが、夏休みにエルフルトから故郷アイスレーベン に歩いて帰省する途中で、シュトッテルンハイムという村の近くの野原で、ルターは物凄い雷雨に遭遇 します。ルターと同年代の青年がすぐ近くで落雷に打たれて死んだ、そういう経験をルターはするわけ です。この経験を境に、ルターはただちに聖職者の道を歩む決意をしました。当時のヨーロッパで最も 戒律の厳しかったアスグスティヌス派の厳律修道院に入る決意をしたのです。 ルターが恐れたのは、ただ自分が「死ぬかもしれない」ということ(事実のリアリティ)ではありませ んでした。そうではなく、いつ死すべきか、それさえもわからない自分が、聖なる神の御前に立ちうる であろうかという、信仰のリアリティの問題でした。人間としてもっとも大切なことを、自分は知らず に生きてきたのではないかということでした。「死を見つめることこそ信仰の学校である」とルターは申 しましたけれども、聖なる神の御前に罪にまみれた存在でしかない自分を思い、ルターは心の底から畏 れを抱いたのです。そこで、これはルターひとりの自覚でしょうか？。私たちもまた自分を顧みれば顧 みるほど、死に向かって、神に向かって、本当の備えが何もできていないことに愕然とし、恐れるほか ない存在なのではないでしょうか。 ルターが入った修道院の入り口には「汝の死すべきを覚えよ」(メメント・モリ)と刻まれてありまし た。今でもヨーロッパの古い修道院には多く、その文字を見ることができます。しかしそれはただ単に、 私たちはいつか死ぬのだ、という事実の確認ではありません。そうではなく「汝のために死にたまえる イエス・キリストの御受難を覚えよ」という標語なのです。まことに「死すべき」私たちのために、不 死なる永遠の神の御子が、測り知れぬ御苦難を身に負うて下さった。私たちの罪のための贖いを、主イ エスのみが成し遂げて下さった。神の外に出てしまった私たちを救うために、主イエス自ら神の外に出 て下さった。まさにルターの言葉を借りるなら「十字架においては如何なる理性も理解不可能なほどに 確かな救いが起っている」のです。それこそ「痛ましき手続き」であり、十字架において神が神の外に 出てまで、神の外に出てしまった私たちを救って下さったという出来事です。それがキリストの十字架 です。 ですから、私たちの教会の大切な信仰の遺産「ハイデルベルク信仰問答」問37にこのように告白さ れています。「(問)『苦しみを受け』という言葉によって、あなたは何を理解しますか？」「(答) キリス トがその地上での全生涯、とりわけその終わりにおいて、全人類の罪に対する神の御怒りを体と魂とに 負われた、ということです。それは、この方が唯一のいけにえとして、御自身の苦しみによって、わた したちの体と魂とを永遠の刑罰から解放し、わたしたちのために神の恵みと義と永遠の命とを獲得して くださるためでした」。まさにここに告げられているように、私たちの主イエス・キリストは、十字架の 御苦難によって私たちのための「いけにえ」(あがない) を成し遂げて下さったのです。本来は私たちが 担わねばならなかった「罪に対する神の御怒り」を主は身代わりになって担い取って下さったのです。 私たちはもはや何も恐れる必要はないのです。キリストが私たちを「体と魂において」すなわち、私た ちの全存在をまるごと贖い取って下さったからです。この救い主が永遠に私たちと共にいて下さるので す。それがキリスト教の福音の内容です。 この福音の内容を、全世界に対する救いの告知として語るとき、使徒信条は何よりも、このかた(主イ エス・キリスト)はそのご生涯の全てを通して「苦しみを受け」このひと言に尽きる歩みをして下さった のだと語ります。キリストの全生涯がこのひと言に集約されているのです。そのようにして、私たちを 教会によってご自身の永遠の義と生命にしっかりと結び合わせ、変わることのない御国の民となして下 さるのです。ベツレヘムの馬屋での御降誕から十字架の死に至るまで、この方の歩みは全て、私たちの ための救いの歩みであられたのです。私たちの救いの確かさは、十字架のキリストの御苦難の確かさな のです。 私たちは、人生の中で、ときに言いようのない恐れを抱き、悩みや苦しみに出会います。思いもかけ ない出来事に遭遇するとき、家族や自分が病気になるとき、人間関係の中で苦しみを経験するとき、私 たちは自分が本当に孤独であり、寄る辺なき者であることを痛感して嘆くのです。しかし、そうではあ りません。主イエス・キリストは、私たちの人生の深い闇の中にこそ、十字架の測り知れぬ恵みをもっ て来て下さった救い主なのです。このかたのみが、ご自身の愛と憐みの内に、私たちの朽つべき存在の あるがままを、かき抱くように受け止めて下さいます。死の現実の中にさえ、尽きぬ生命を与えて下さ るのです。そのためにこそ、主イエスは、私たち全ての者のために限りない御苦難をお受けになった。 私たちの存在の重みを、罪の絶望もろともに、十字架において担い取って下さったのです。 この救い主なるキリストを信じ、このお方の測り知れぬ愛と祝福の内に、新しい生命を戴いている者 として、私たちは喜びと感謝の礼拝を献げ続けます。この礼拝なくして私たちの生活はありえないので す。そこにのみ、本当の自由の、希望の人生が造られてゆくのです。改めて、ペテロ第一の手紙2章22 節以下を心に留めましょう。「キリストは罪を犯さず、その口には偽りがなかった。ののしられても、の のしりかえさず、苦しめられても、おびやかすことをせず、正しいさばきをするかたに、いっさいをゆ だねておられた。さらに、わたしたちが罪に死に、義に生きるために、十字架にかかって、わたしたち の罪をご自身の実に負われた。その傷によって、あなたがたは、いやされたのである」。いま私たち全て の者が、このキリストの御受難の恵みのもとに立たしめられています。そしてこの恵みのもとに、私た ちは生き続けて参ります。今ものちも死を超えてまでも、主の御手の内にあり続ける私たちとされてい るのです。祈りましょう。