説 教 箴言16章2〜3節 ヨハネ福音書21章18〜19節「キリストのはなむけ」
駿府教会にて ２０１６・０５・２２（説教１６２１１６４４） 今日は駿府教会の皆さまと共に主日礼拝を献げる幸いを与えられたことを、主なる神に感謝するもの です。ここに礼拝堂が移転する前の、水落町の旧い礼拝堂の時に、私は講壇交換、そして教会の修養会 の講師としてお招き頂いたことがあります。服部先生の時代です。もう20年ほど前になるかと思いま す。その時の修養会の主題は「伝道について」でした。そこで私がした講演の内容は、要点だけを申し ますと「伝道する教会とは、真の礼拝に生きる教会である」ということでした。これは逆も真なりと言 えます。「真の礼拝に生きる教会は、伝道する教会である」。そのことを、駿府教会の皆さまはとても真 剣に受け止めて下さいました。礼拝と伝道は深く結びついています。両者を切り離すことはできません。 いま、ほぼ20年ぶりに駿府教会の説教壇に立たせて戴き、その時のことを改めて思い起こしていま す。その時にはそこに出席していて、今日はもうお姿が見えない人、天の御国に召された人も少なくな いはずです。その逆に、それから新しく駿府教会の礼拝に出席するようになった人もここにおられるこ とでしょう。20年の月日の流れを改めて感じさせられます。なによりも、駿府教会が東海連合長老会に 加盟されたことは大きな喜びでした。否、何よりも主なる神ご自身が、そのことを最も喜んでいて下さ るのではないでしょうか。 私たちの生きるこの世界は、神の統治したもう世界です。そして私たちの人生は神の聖なる御心が成 就する、神の御計画が現れる場所です。私たちは自分の人生の「主」となることはできません。むしろ、 私たちの人生がまことの「主」を必要としているのです。18世紀フランスの思想家ルソーは「エミール」 という本の中で「子供を不幸にする最も確実な方法、それは子供が欲しがるものを全て無条件で与える ことである」と申しました。もしもこの世界が、私たちの願いや計画が全て実現することをもって幸福 の条件となす世界であるなら、そのような世界は、人間にとって幸福であるどころか、むしろたいへん 恐ろしい、私たちをして滅びへと向かわしめる、虚無的な世界であると申さねばなりません。 そうではなく、この世界は私たちを限りなく愛し、私たちの救いのためにその独子をさえ惜しみなく 賜わったほど世を愛して下さった「主」が統治しておられる神の御心の成就する世界です。神が私たち のために崇高な目的をもって創造された世界なのですから、そこにはおのずから、神が私たちに見出さ せんとしておられる、そこに私たちを導いておいでになる、本当の人生の幸福（人間が真に人間たりう る幸いの道）があるはずであります。 ペトロは主イエスによって、ガリラヤ湖の湖畔で再度の召命を与えられ、主イエスの御手によって新 しく使徒たる生涯へと送り出されてゆきます。それが今朝のヨハネ伝21章18節19節に記された場面 です。ペトロに主は言われました「はっきり言っておく。あなたは、若いときは、自分で帯を締めて、 行きたいところへ行っていた。しかし、年をとると、両手を伸ばして、他の人に帯を締められ、行きた くないところへ連れて行かれる」。この御言葉は一見しますと、ペトロが若かった時には、自分のしたい 放題・自由に歩んでいたけれども、これからの人生はそうはゆかない。あなたは年老いて後は自分のし たいことは何もできず、無理やり「行きたくない所」に引き回されるだろう、そうした不自由な人生を、 主イエスが予告しておられるように見えるのです。しかし、そのような否定的なことを、主は語ってお られるのでしょうか？。 使徒パウロは「神は私たちを耐えられない苦難には遭わせ給わない」(�汽灰螢鵐�10:13)と語りました。 これは紐解きますなら「神は私たちを苦難を通して永遠の御国へと導きたもう」ということです。つま り「われなし得るゆえになすべきなり」ではなく、哲学者カントが実践理性批判において語ったように 「われなすべきゆえになし得るなり」ということが真の歴史形成の道なのです。すなわち、私たちの人 生は偶然自然にそこに「ある」というものではなく、尊い目的を持ったかた（主なる神）が導いておら れる「賜物」であるという事実こそが大切です。私たちは「賜物としての人生」へと絶えず招かれ、主 に召されている「かけがえのない汝」なのです。これが大切なことです。 奈良の法隆寺や薬師寺の大改修工事に携わり、飛鳥建築の伝統を今に伝える最後の宮大工と言われた 西岡常一という名棟梁がいました。この人が「木に学ぶ」という本の中でこういうことを語っています。 宮大工の仕事の中でいちばん難しいのは、弟子（後継者）を育てることだ。弟子を育てるということは、 叱り上手になるということだ。真剣に心から、その弟子の行く末を思って、厳しく、正しく、叱ること のできる“怖い棟梁”になれなければ、一流の宮大工とは言えない。そのためには、その弟子がいまな すべきこと、これからなすべきこと、到達すべき目標が、きちんと見えていなければならない。これは 優れた棟梁の心構えでありますが、主イエスとペトロとの関係においてはなおさらではなかったでしょ うか。主イエスは、限りない愛と恵みをもって、使徒ペトロの行く道を祝福しておられるのです。 これを日本語では餞別の「餞」と書いて「はなむけ」と申します。「はなむけ」という言葉はもともと、 遠い旅に出る親しい人を、人々が峠の上まで見送り、馬の手綱を皆で手に取って旅路の方向に向けて祝 福した。馬の鼻先を旅路の方向に向けて安全と祝福を祈った。それで「はなむけ」と言うのです。まさ しく主イエスはペトロのために、「はなむけ」をして下さったのです。今までは、あなたは自分の心の思 いのままに歩んできた。しかしこれからはそうではない。ペトロよ、あなたはこれからの人生を使徒と して、私の忠実なる僕として、主なる神の御心のままに歩み、神の栄光のみを現わす人として生き、そ して死に至るまで変わることなく、全ての人に神の救いと祝福を告げる器となるのだ。そのように、主 イエスははっきりとペトロに「はなむけ」をして下さった。そして、それはペトロだけではない。いま この礼拝に集う私たち一人びとりに対しても、主は同じように「はなむけ」をして下さっておられるの です。私たちの全存在、全生涯を、限りなく祝福していて下さるのです。事実ペトロは、この主イエス の「はなむけ」のとおり、使徒として忠実に歩み続け、やがてローマで殉教の死をとげるまで、全ての 人に福音を宣べ伝え、教会に仕える人となったのでした。 この駿府教会の長老のお一人、福田長老は、皆様もご存知のとおり、富士教会の福田雅太郎先生の奥 様でいらっしゃったかたです。福田雅太郎先生は、改めてお話するまでもありませんが、礼拝と伝道に 生命をかけておられました。福田先生がガンで入院されたとき、看護師さんたちがみんな困っていまし た。それは、福田先生は病室の枕元に何冊ものドイツ語の本を積み上げて、普段と同じように勉強なさ っていたからです。私はその様子を見まして、ああこれでこそ福田先生だと思いました。誰が何といっ ても聞きはしなかったでしょう。福田先生は「両手を伸ばして」主イエスに従う道を最後まで忠実に歩 まれたのです。主イエスの「はなむけ」を受けていらしたからです。一人でも多くの人々を、その「主 イエスのはなむけ」に預からせようと心を砕いていらしたからです。だから、亡くなる寸前までドイツ 語の神学書を読んでいました。その本は私が先生の形見にと戴いて、いま私の書斎にあります。私も福 田先生を通して「主イエスのはなむけ」を頂いている一人です。 ペトロについて語られた有名な説話、ヨーロッパの教会に伝えられた話に、こういうものがあります。 キリスト者への迫害が日ましに激しくなっていたある日、ローマ教会の長老たちはペトロに「ペトロ先 生、どうかこのローマから離れて、迫害の嵐が通り過ぎるまで、安全な地に逃れていて下さい」と頼ん だのです。あまり熱心に長老たちが勧めますので、ペトロは彼らの意を汲んで、ローマから一時避難す ることにしました。ペトロが僅かの手荷物を携え、一人の少年を供に連れて昼下がりのアッピア街道を 歩いていますと、向こうのほうから一人の白い衣を着た人が歩いてくるのに出会った。それは何と復活 の主イエス・キリストであられたのです。ペトロは驚いて主に訊ねました「主よいずこに行きたもう」 (Quo vadis Domine？)。主は答えられた「ローマへ」。そしてこう言われたのです。「もし汝がわが羊の 群れを離れてローマを去るならば、われ再び十字架にかかるためにローマに赴かん」。 そこでペトロは決然としてローマに引き返し、そこで迫害のもとで苦しみ、信仰が動揺している信徒 を励まし、御言葉を宣べ伝え続け、やがて捕らえられて、ローマ市街を見下ろす丘の上で処刑されるこ とになりました。そのときペトロは、自分はかつて主イエスを三度も裏切った人間である。そのような 自分が主と同じ十字架にかかって死ぬなどは勿体ない。どうか自分を逆さ十字架につけて処刑して欲し いと申し出たそうです。それで今日でもクロス・オヴ・ピーター（Cross of Peter＝ペトロの十字架）と いうのは、逆さまに立てられた十字架のことを申します。 今朝の御言葉の19節に、はっきりこう記してあることに心を留めましょう。「ペトロがどのような死 に方で、神の栄光を現すようになるかを示そうとして、イエスはこう言われたのである」。私たちにとっ て、私たちの全生涯を通して「神の栄光」が現わされること、生きるにも死ぬにも、神の御栄えの現れ る人生を歩むこと、そのことにまさる幸いと喜びはないのです。それは、自分で帯を結んで、自由気侭 に歩む人生に遥かにまさる、本当の幸いの人生であり、真の自由の生活であり、恵みによって召された るキリスト者の歩みです。そして、主イエスはペトロに、今朝の御言葉の最後に、このようにお告げに なりました。「このように話してから、ペトロに、『わたしに従いなさい』と言われた」。この主イエスの 御招きこそ、私たちをして真に人間たらしめ「はなむけ」です。主は言われました「わたしに従いなさ い」（われに従い来たれ）と。それならば、主イエスは私たちの生きるにも死ぬにも、私たちを贖い、私 たちを祝福し、私たちを極みまでも愛し、私たちと共にいて下さるかたではありませんか。だからこそ、 私たちは「わたしら従いなさい」と言われる主の「はなむけ」に、心から喜んでお従いできるのです。 そのときペトロは、ひとつの御言葉を思い起こしたに違いありません。それは「われはぶどうの樹、 汝らはその枝なり」と仰せになった主の御言葉です。私たちは、自分を中心に歩むだけでは、決して人 生の実りを知ることはできないのです。健康も、仕事も、富も、名誉も、業績も、その内訳を見るなら ば、脆く儚いものばかりです。しかし、主イエスはそのような私たちに、はっきりと約束しておられま す。「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人 につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ」(ヨハネ15:5))と。人間が人間たりうる道、人生の真の 幸福は（実りは）私たちの内側にあるのではない。それは十字架の主イエス・キリストにこそあるので す。主が十字架の愛と恵みをもって、私たちをご自分に然りと結んで下さっている、その事実にこそ、 私たちの人生の本当の実りがあるのです。 これこそが、私たちへの主の「はなむけ」です。だからこそ主は同じヨハネ伝15章16節にこう言わ れました。「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。あなたがたが出か けて行って実を結び、その実が残るようにと、また、わたしの名によって父に願うものは何でも与えら れるようにと、わたしがあなたがたを任命したのである」。私たちはいま、主イエスに堅く結ばれている のです。どのような時にも変わることなく、主が共にいて下さり、私たちの全生涯を祝福し、生命と幸 いへと導いて下さるのです。そして永遠の御国に迎えて下さるのです。だから私たちは、真の礼拝を献 げ続けようではありませんか。そして「キリストのはなむけ」に真実に生きる群れであり続けようでは ありませんか。いま共に主の御名をほめ讃えつつ、新しい一週間を、そして生涯を、御心のままに歩ん で参りたいと思います。祈りましょう。