説 教 詩篇138篇6〜8節 ガラテヤ書1章6〜7節「主の群たる教会」
ガラテヤ書講解（４） ２０１２・１２・０９（説教１２５０１４６０） 伝道者としてパウロは、今日のトルコからギリシヤにかけて、エーゲ海に面した世界各地 に教会を形成しました。また、他の誰かが福音の種子を蒔いた教会にあとから出かけて行き、 その教会のより良き教会形成と伝道の前進のために、力を尽くして働いたことも再三ならず ありました。パウロは一箇所の教会に数ヶ月から数年しか滞在しなかった、というより、開 拓伝道すべき場所は無限にありましたから、一箇所に長く逗留することはできなかったので す。いずれにせよパウロは、心血を注いで伝道した土地を離れたのちにもおりにふれて、そ の教会の人々に手紙を書き送っています。その中にはローマ人への手紙のように、これから 訪ねる未知の教会に宛てて書かれたものもありますが、今日新約聖書に残っているパウロの 手紙として知られているものは、そのほとんどが今まで訪ねた教会に対する手紙です。この ガラテヤ人への手紙もそのひとつなのです。 そこで、パウロはどの手紙でもそうですけれども、まず第一に、発信人たるパウロ自身の 挨拶（主にある自己紹介）を書き、第二に、教会への祝福を書き送っています。そして第三 に、教会の主イエス・キリストに対して、その教会の兄弟姉妹たちのことで感謝をささげて いる。いわば「�ー�己紹介、�⊇吠 ↓�主への感謝」この3つがセットになっているのがど のパウロの手紙にも共通した書きかたです。いわばこれがパウロの手紙の共通の“書式”で あると申して良いでしょう。ところが、このガラテヤ書においては少し様子が違う。本来な ら「�ー�己紹介」「�⊇吠 廚反覆鵑如岫４脅奸廚某覆爐戮�ところを、パウロは今朝の6節 以下において、いきなり厳しい調子で手紙の本論に入ります。ガラテヤの教会が直面してい た数々の問題に対して仮借なき厳しさで切り込んでいるのです。そのため、このガラテヤ書 を読みますと私たちは「ずいぶん厳しい」という印象を受けます。まさに、この“主にある 仮借なき厳しさ”こそ、この手紙を特徴づけているものです。 もともとパウロという人は、歯に衣着せずに、直裁に問題に切り込むところがあります。 パウロは人間としては穏やかな人柄でしたが、こと福音の真理に対しては決して妥協しない 厳しさがありました。伝道者に福音に対するこのような厳しさがなければ教会は本物の教会 にはなりません。教会を真に愛することは、教会を蝕んでいる問題に対して仮借なき戦いを 挑むことです。子供を本当に愛する親はわが子を蝕む問題に対して仮借なき厳しさを持つの ではないでしょうか。福音の本質をゆるがせにする問題に対して、それを看過（ないがしろ に）するような牧師のもとでは、教会は単なる“キリスト教社交クラブ”に成り下がるので す。その意味でパウロは本当の牧師でした。だからこそパウロは、いきなり問題の本質へと ガラテヤの人々を導いているのです。 そこで、今朝の6節です「あなたがたがこんなにも早く、あなたがたをキリストの恵みの 内へお招きになったかたから離れて、違った福音に落ちていくことが、わたしには不思議で ならない」。もし私がみなさんに、この説教壇からいきなりこのような激烈な調子で説教を 始めたらみなさんはどう思われるでしょうか。「今日の中村牧師はどうしたんだろう？」と 異様に感じられるのではないでしょうか。パウロはまさにその“異様な”ことをしています。 この手紙を受け取ったガラテヤの諸教会では、これを安息日ごとの礼拝で読み上げたのです。 聴いた人々はみな驚いたことでした。「どうしてパウロ先生はこんなに厳しいのだろう」と 感じたのだと思います。ギリシヤ語の原文では「わたしは不思議でならない」という言葉が 最初に来ています。私は江戸っ子ですが、もし江戸っ子流に表現するなら「お前さんらには ほとほと呆れ果てたぜ」と言っているのです。それはガラテヤの諸教会が、最初に信じたキ リストの福音から「落ちて」「違った福音」似て非なる福音もどきの間違った教えに逸れて しまったことです。「こんなにも早く」と言うのですから、それはパウロがガラテヤから離 れ去った直後に起ったことなのでしょう。 具体的に申しますなら、パウロは聖書に基づいて、人間はただ主イエス・キリストを信ず る信仰によってのみ義とされる（救われる）と教えたのです。それをルターは「信仰義認」 と申しましたが、そのパウロが語った「信仰義認」の正しい福音に対して、ただキリストを 信じるだけでは人間は救われない、ユダヤ教の伝統に従ってまず割礼を受けなければ救われ ないのだと主張する、いわゆる「福音的律法主義」の誤った教えがガラテヤの諸教会を惑わ し、混乱に陥れたことが背景にありました。あとになって出てきますが、あの使徒ペテロで さえその「福音的律法主義」に同調した時期があったほどなのです。ペテロでさえ惑わされ たのですから、まして設立まもないガラテヤ教会の信徒たちは混乱の極みに投げ出されたの です。 この「違った福音」（誤った福音）に対してパウロは、ガラテヤの諸教会を守るべく毅然 として戦いを挑むのです。パウロがガラテヤを去るとき、握手をし、共に祈り、一人びとり の名を心に刻んだ、その愛する教会員たちが、あとから入りこんだ「違った福音」に魂を奪 われて変節してしまった。譬えて言うなら、ガラテヤの人々はパウロから「キリストの福音」 という「生命の水」を飲んでキリストの生命に甦る者となったのです。ところがあとから来 た「福音的律法主義者」たちがパウロの飲ませた水はあれは偽物だ、この水が本物の生命の 水だと言って、水に見せかけた「毒薬」を飲ませたわけです。それは生命の水ではなく、似 て非なる「毒薬」ですから、飲んだ人々は死んでしまう。そういう危機的な状況にあるのに、 ガラテヤの信徒たちはその危険に気がついていない。パウロが激烈な調子で語らざるをえな かった理由は、まさにそこにありました。 だからこそ、パウロは続く7節でこう語っています「それは福音というべきものではなく、 ただ、ある種の人々があなたがたをかき乱し、キリストの福音を曲げようとしているだけの ことである」。気をつけなさい！その水は「生命の水」などではなく、あなたがたを滅びへ と引きこむ「毒薬」なのだと、パウロは悲痛な叫びを上げて注意を喚起しているのです。そ して同時にパウロはその「毒薬」である「違った福音」の正体を明らかにしています。それ は神から出たもの、すなわち神の言葉ではなく「ある種の人々」による「作りごと」にすぎ ない。つまり、キリストを信ずる信仰だけでは救われないと主張する「福音的律法主義者」 たちが「あなたがたをかき乱し、キリストの福音を曲げようとしているだけのこと」だと言 うのです。 そこで、こうした問題は過去のものであって、今日の私たちには無縁の事柄なのでしょう か。そうではないと思います。パウロの時代の「福音的律法主義」は手を変え品を変えて今 日の教会にも侵入せんと虎視眈々と機会を伺っているのではないでしょうか。ひとつの例を 挙げましょう。キリストを信じて洗礼を受け、教会に結ばれて喜びに輝く瞳が、一年も経た ぬうちに曇りを生ずることがある。それこそパウロの言う「こんなにも早く」と驚くほどの 短期間で、私たちの中に「似て非なる福音」が入りこむことがあるのです。その「違った福 音」は、私たちが何かの事情で教会の礼拝（聖徒の交わり）から離れる瞬間を虎視眈々と伺 っています。そして礼拝から少し足が遠のいた僅かな隙を狙って巧みに侵入し、その人の心 を支配してしまうのです。「あなたのところの牧師先生は、また長老会は、礼拝が大事信仰 が大事と口やかましく言うけれど、礼拝や信仰なんか無いほうが人間は自由になれるのだ よ」と、その人の心に巧みに忍びこむのです。「教会なんか離れてしまったほうが、社会生 活をエンジョイできるのだよ」と、アダムとエバを誘惑した悪魔のように誘惑するのです。 思えば私たちは幾度、幾百回幾千回、この「違った福音」の誘惑の魔の手に愛する教会員 を、また求道の友を、奪われてきたことでありましょうか。もし私たちがその事態を平気で 見過ごしているとすれば、それこそ教会の姿勢が、私たちの“交わりの質”が問われるので す。そこでこそ、私たち教会員が信仰者として心すべきことは、一回の主日礼拝を侮るよう な僅かな隙にさえも「試みる者」が心に入りこまないように、心を常に主に向けて整え、十 字架のキリスト（贖い主）を仰ぎ続ける者であることです。また伝道者たる牧師は（長老会 も同様ですが）いつも教会員一人びとりの魂の配慮を怠ってはなりません。キリストの恵み のもとから、一人の教会員一人の求道の友も迷い出ることのないように、キリストによる魂 の配慮（牧会）を果たすことが大切です。それは私たち教会に連なる全ての者に主が与えた もう務めでもあります。お互いに健やかな「信仰の言葉」で安否を問い合う、そうした教会 の交わりを養い育まねばなりません。聖餐式の最中に足を組んでパンを受けるなど言語道断 です。そうした姿を求道の友が見たら教会をどう思うでしょうか。牧会と伝道は教会全体が 担うものです。 そのことは、病気や入院、ホームへの入居、家族の介護や日曜出勤、その他の仕方のない 事情で礼拝を休まざるをえない人々への配慮とひとつです。そうした境遇の教会員に対して はいつも特別な配慮が必要です。私たちが忘れてならないことは、それこそ今朝の御言葉の もっとも大切な音信に繋がることですが、私たちを教会へと招いておられるかたは十字架の 主ご自身であられるという事実です。今日の説教の題を「主の群たる教会」としました。ず いぶん迷った末に決めた説教題です。これしかないという題でした。今朝の御言葉から立ち 上がってくる恵み、それは今ここにある私たちが「主の群たる教会」とされているという福 音の事実だからです。この教会の唯一の主にして全世界の救主なるキリストが、全ての人々 を満ち溢れる福音の喜びと生命へと招いておられる。いま私たちはその教会の主（十字架の 主）に堅く結ばれている群なのです。だからこそ、そのキリストの測り知れぬ十字架のご苦 難と死と葬りの上に成り立っている「主の群たる教会」から「こんなにも早く」「落ちてゆ く」ガラテヤの人々を使徒パウロは見過ごしにできなかったのです。 それゆえに「不思議でならない」とさえパウロは言うのです。この世界に何が不思議と言 って、キリストの恵みから離れてゆくほどの「不思議」はありえないとパウロは語るのです。 それほど素晴らしいキリストの愛を私たちは賜わっているではないか。そこから「落ちる」 などありえないはずの私たちではないか。それが現実に起っているとすれば、それは私たち がまだキリストの愛と恵みの素晴らしさを知らないからです。福音とは「限りなき喜びの知 らせ」です。神の御子であられる主イエス・キリストが十字架にかかられたことによって、 私たちの底知れぬ罪が贖われ、死に定められた人間が永遠の生命に覆われたという驚くべき 音信（おとずれ）です。この世界を根底から救い新たにする大ニュースです。このもっとも 根本である教会の福音が「違った福音」に置き換えられるなら、教会はもはや教会ではなく なり、私たちの交わりも虚しいただの誼（よしみ）に過ぎなくなってしまうのです。 なによりも“福音的律法主義”の間違いは、キリストによる救いを「不十分なもの」と看 做したことでした。キリストの恵みは人間の救いには不十分であって、人間の道徳的努力が 「救いの条件」なのだと主張するとき、福音に生きる喜びは道徳的清さを求める功績主義に 摺り変わり、救いの確信は自分の足もとだけを見つめる不安と絶望に摺り変わり、教会の交 わりは社会生活のプラスアルファに摺り変わるからです。私たちはそのような「違った福音」 （似非福音）を主から賜わったのではありません。私たちが教会に連なり贖われた者として、 喜びと確信をもって生きるのは、私たちのために主が担われた十字架の確かさによるのです。 そのキリストの確かさこそ私たちの救いの永遠の確かさであり、そこに私たちはあるがまま に招かれ、生かしめられ、今もこれからも永遠（とこしえ）までもキリストに結ばれている のです。私たちがいまここに紛れもない「主の群たる教会」に結ばれ、キリストに結ばれた 民とされているのです。